2005年11月24日

サンクスギビングって何?

サンクスギビングというとアメリカの祝日で七面鳥を食べる日、というくらいのイメージしかない僕にとって実際この祝日がどのようにして出来たかなど全く知りませんでした。中学、高校で習った世界史でサンクスギビング(感謝祭、収穫祭)又はその背景について学んだかどうかすらも覚えていないくらいです。

サンクスギビングはアメリカとカナダの祝日です。アメリカでは毎年11月の第4木曜日がサンクスギビングに当たり、この祝日はクリスマスの次に大きな祝日となっています。カナダではどのような扱いになっているのか分かりませんが10月の第2月曜日がサンクスギビングになります。親戚が一同に会するとても大きなイベントなので通常土日に挟まれている金曜日も休みになり4連休となります(カナダは土〜月の3連休)。サンクスギビングはほとんど自宅でお祝いするイベントなので独立記念日の花火みたいに大々的に外でもお祝いするということはありません。

サンクスギビングが終わるとすぐにクリスマスの買い物が始まります。サンクスギビング終了と共に街では大きなセールがあるようでモールなども朝5時とか6時にお店が開くようです。

今日は何位でしょうか?

1620年にイギリスから清教徒がメイフラワー号に乗ってアメリカ大陸にやってきました。着いた先はマサチューセッツ州のプリモス。冬に到着した彼らは寒さ、そして食糧不足による飢餓などでどんどん死んでいきました。しかしネイティブアメリカン(先住民)から食料を分けてもらったり、農作物の育て方や魚の捕り方などを教えてもらい食料に困ることなく生活することができるようになりました。そして1年後の11月には育てた食物がきちんと収穫できたことを祝い収穫祭(神へこれらの収穫を感謝するという意)を開いたわけです。もともとヨーロッパにはHarvest Festivalという名の収穫祭、感謝祭があるようです。

でも何でサンクスギビングには必ず七面鳥の丸焼きを食べるんでしょうね?一説によると清教徒の収穫祭のときに収穫できた食べ物だけでは足りずインディアン達が七面鳥を持ってきてくれてそれらを焼いて食べたのが始まりだとか・・・。僕はローストターキーよりワイルドターキー(ウィスキーの方ね)の方が大好きです(笑)。

追記:大々的なイベントはないと上に書きましたが毎年ニューヨークで「Macy's Thanksgiving Day Parade」(Macy'sはアメリカのデパート)というサンクスギビングのパレードが行われているんですね。知りませんでした・・・。今年2005年は日本人の歌手では初めてパフィーのふたりがパレードに参加したそうです。

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posted by まさと at 00:00| ボストン ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ボストンの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月05日

Samuel Adams

今日のボストンは雲ひとつない晴天。諺で早起きは3文の得と言いますが早起きしてこの空を見ると3ドルくらい得した気分になります。なのでその3ドルでスターバックスのコーヒーを買ってきました。

話しはいきなり飛びますが、サミュエルアダムスと言えばアメリカ国内でも有名なボストンを代表するビールです。サミュエルアダムスが初めてみなさんの前に登場したのは1985年4月のことでした。その頃はボストン市内の約25のバーとレストランのみで販売されていました。ボストン(とシンシナティ)にあるThe Boston Beer Companyで作られているこのサミュエルアダムス、国内50の州でこのテイストを味わうことができます。海外は日本を含む20以上の国で愛飲されています。そして驚くことに世界各地で開催されてるコンペティションで650以上の賞をThe Boston Beer Companyは勝ち得ています。僕はこのビールが本当に大好きで全種類を制覇するために毎回違う種類を買って飲んでいます。Boston LagerやBoston Aleも好きですがPale Aleが香りが強く一番飲みやすくて好きです。季節ごとにでる限定ビールもサミュエルファンには嬉しい限りです。ところでサミュエルアダムスって誰でしょう?ビール瓶のラベルシール部分には左手でジョッキを持った男の人の絵が描かれています。多分彼がサミュエルアダムスなのだとは思いますが…。では彼は一体何をした人なのでしょうか?このビールを造った人でしょうか?ビール好きなおじさんでしょうか?もしかして架空の人物だったりして?いえいえ違います。彼はボストンの、いえアメリカの歴史に多大なる影響をもたらした人物なのです。

サミュエルアダムスは1722年9月27日、マサチューセッツ州ボストンで生まれました。アメリカ第2代大統領ジョンアダムスの従兄弟であるサミュエルはイギリスの植民地政策に反対し先頭に立ち戦ってきた人物です。そして独立宣言の署名者でもあります。歴史の教科書にも出てきて有名な1773年12月16日に起こった「ボストン茶会事件(Boston Tea Party)」(イギリスからの過酷な税に反発した植民地のアメリカ人たちが、アメリカインディアンに扮装して、ボストン港に停泊中のイギリス船に進入、東インド会社の紅茶の船荷を海に投げ捨てたという事件)はサミュエルの指示により引き起こった事件なのです。そしてこれが発端となりアメリカ独立戦争が始まり、その後1783年にパリ条約で、イギリスは正式にアメリカ合衆国の独立を承認しました。しかしアメリカ独立記念日は1776年7月4日に植民地の代表からなるアメリカ大陸会議が独立宣言をした日を指します(もちろんここにサミュエルもいました)。彼はボストンの象徴であり誇りでもある(←と僕は思っています)と同時にアメリカの歴史を語る上で外すことのできない重要な人物のひとりなのです。でも日本の歴史の教科書には出てこないので多分知っている人はほとんどいないでしょう。アメリカ人の中でも多分ものすごく有名な人ってわけではなさそうです。何でだろ…。まぁとにかく母国のために全てを捧げて戦い続けてきたサミュエルアダムス、今はボストンラガーとして生まれ変わりボストニアンに憩いのひとときを届けてくれています。ちなみに「Boston Tea Party」を日本語に訳すと「ボストン茶会事件」となっていますが、別にお茶会をしてそこで毒殺事件が起こったわけではありません(←実は僕がこう思っていました 笑)。Tea PartyのPartyには「会」以外にも「党(政党)」という意味があります。

歴史の街ボストン。アメリカの歴史はここボストンから始まったわけです。フリーダム・トレイルやボストン茶会事件船などアメリカの歴史を学ぶことができる観光名所がここボストンにはたくさんあります。なので是非一度足を運んでみて下さい。そして歩き疲れたらバーでサミュエルアダムスでも飲んで休んで下さい。

おいでやす、ボストン。

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